廊下の先で、
「自分、対馬美鳥と申す者だが……。翠葉くん、入ってもいいだろうか?」
 翠が心配な傍ら、俺は美鳥さんがペースを乱されるときとはどんなときだろう、と考えていた。
 自分もマイペースを自負する人間のつもりだが、例外ができてしまった。
 自分のペースを守りたくとも、翠が相手だと少し難しい。
 美鳥さんも、ご主人の瑠久磨(るくま)さん相手には違っただろうか。
 ここはかなりの年の差夫婦だったと聞いている。
「ここから見て察するに、中は暗闇であろう? じゃぁ、入るとすることにしよう」
 そう言ってドアレバーに手をかけ中へ入った。
「うーわ! 美鳥さん、入ったよ」
 海斗のみが口にしたけれど、リビングにいた四人の感想はそう違うものではなかったと思う。
 物理的に鍵がかかっているわけではない。
 入ろうと思えば誰だって入れる部屋だ。
 けれど、そこに篭っているのが翠というだけで、誰もが犯しがたい空間になってしまう。
 それがゆえに、本人に同意を求めてから中へ入るのが普通になってしまっている自分たちには到底できない所業だった。
「美鳥さんってすごいな……。俺もあのくらいできなくちゃいけないんだろうな……」
 御園生さんがソファの背もたれに上体を預けて嘆息する。