ヴァンタン

手漕ぎボートで荒海に乗り出す。


――どうせ鏡の中だ。
高をくくった私。


――転覆なんてある筈もない。
そう思っていた。


ところが横揺れが来たと思ったら、二人共海に投げ出されていた。


――ヤバい! 二人共泳げなかったんだ!


これがボートの怖い……
苦手な理由だった。


でも後の祭りだった。


もがいてもがいて、やっとボートの縁にたどり着く。
その時にはもう相当の体力を使い果たしていた。




――あれっ……


――十年前……


――転覆したっけ?

思い出せない……


私は腕に抱えていたチビに気付いた。

チビは眠っていた……


――えっ!?

私は呆然としたまま、暫くそのまま固まっていた。


――そうだよね。急に起こされて眠いよね。

私はお姉さんになったような心持ちでチビを見詰めていた。