千は当然、帝が何に対して気を悪くしているのか気づいていたが、あえて触れずに話を続ける。

「ねぇ、毬?
 私、先日のお礼をしたいと思ってここに呼んだのよ」

「――お礼?」

「そう」

 千は自信たっぷりの笑みをその口元に浮かべる。

「龍星と、結婚したいと思わない?」


――え、と、帝と毬は目を丸くした。
 龍星は得意の無表情で冷静さを保っているので、その心の内はほかの人には伝わらない。


「どう?」

 毬は相変わらず顔を見せないので、千は改めて問う。

「毬の気持ちがないなら、この話はすすめることはできないわね」

 と、ひとりごちても見せる。

「結婚――したい、です」

 毬は、小さな声で、でもはっきりとそう言った。

「あら、いい子」

 千の口調はまるで、弟子を褒める師匠のようだ。


「それなら、この機に乗じるのが一番よ。
 お父様も、右大臣家がごたごたしている今、目立つことがしたいでしょうし、『私』や家を救ってくれた龍星にも頭があがらないはずよ。
 だから、右大臣の喪があけるのを待ってすぐに裳着と所顕し(ところあらわし)を行うことを提案するわ。
 
 ――帝のお名前で」