「彼女を口説きに来たのなら、今すぐお帰り下さい」

 無表情で告げる龍星。
 帝はそれを一瞥すると話題を変えた。

「右大臣は亡くなってしまったのだが、問題は、道剣と行家の処分だな」

 行家の処分、と言って帝は申し訳なさそうな視線を一瞬だけ毬に送る。
 そうはいっても、行家は毬の双子の兄なのだ。

 毬は首を横に振る。

「お気遣いは無用に存じます。
 あれは、御台様を切りつけたもの。
 陰陽法師の弟子たるものが、一貴族が鬼と化したものに操られたなどという戯言、誰が信じますでしょうか」

 感情を排除した、堅い口調が痛々しいほどに冷たく響く。
 帝は困ったように口許を解く。

「毬、そんなに堅苦しくするものではない。
 ……行家が本当に鬼に操られていただけなら、私は都に戻して構わないと思っているのだ」

 すうと、龍星の瞳が細くなる。

「帝は、彼にご執着ですからね」

 嵐山でその昔、帝と行家(正確には毬に乗り移った行家だが)は一緒に過ごしたことがある。

 その暖かい思い出さえなければ、迷わず二人に非情な裁きが下せるはずだ。

 帝の眉間に皺が寄る。

「何とか出来ぬか、龍星」

「御台様を襲ったのが行家であるということは、一部のものしか知りません。
 皆、御台様に近しいものばかりですから口を封じておくことは容易でしょう。
 しかし、道剣の弟子であることは、周知の事実です。
 師匠にだけ制裁を下す……これを世間が納得するかどうかが問題ですね」

 龍星は淡々とした口調で、さらりと要点を纏めて見せた。
 そこに、いかなる感情も介していないところが彼が「冷氷の君」といわれるゆえんでもある。