毬は屋敷で着物を着替えた。
 そうすると、前髪があっても尚、成人前の子供に見えてくるから不思議なものだ。

「毬、包帯を取り替えよう」

 龍星はことさらに毬を甘やかせたくなって、理由をつけては傍に近寄り抱き寄せずにはいられなかった。
 特別な薬と、龍星が治るよう呪を唱えるおかげで、傷の治りはとても早かった。

 このままだときっと、よほど傍に近づかなければ見えない痕しか残らないですむだろう。
 そうなったことに、龍星は安堵した。

「痛くない?」

 こくりと頷く毬の黒髪をそっと撫でていると、一条戻り橋の下に住む式が、来客を伝えにきた。


 ほどなく、客人がやってきた。

 龍星は客を前にふうとため息をつく。

「何故、自ら」

 検非違使の格好のままの帝はにこりと微笑んだ。

「いいではないか。
 兄が妹を訪ねるのに何の遠慮があろう」

 堂々としたものだ。

 龍星は仕方なく毬を見る。
 毬は逃げるように、龍星の背中へと隠れる。



――ああ、と、龍星は勘付いた。

 先ほどの毬から受けて自分に刺さった棘。『一番好き』という言葉の正体は、ここにあったのか。

 帝は、龍星が思うよりずっと積極的に毬に近寄ろうとしているのだろう。
 龍星の目を盗み、あの手この手で。
 初心なお姫様を、自分のモノにしようと、果敢に迫ってきていて、恋愛の駆け引きに慣れてない毬はそれに翻弄されているのだ。