龍星はため息をついて言った。

「どうして次から次に人を困らせることばかり思いつくんだ?」

「困らなければいいでしょう。
 でも、とにかく時間が無いの。
 不自然じゃない?私の首と耳の傷」

 傷も何も、どちらにも清潔な包帯が巻いてある。

「分かった。
 そのような幻術をかけておくから気にしないで。
 いい?その包帯を取ったりしてはいけないよ」

「龍だって、私のこと毬って呼んだら駄目なんだから」

 折角の振る舞いを台無しにされたせいか、毬も目を吊り上げて怒っている。

 龍星は、困った顔で毬を立たせて抱きしめた。

「やはり、毬の手助けはいらないから、ゆっくり寝ていなさい」

「嫌よ。
 手伝うって決めたんだから。
 ……そんなに下手だった?」

 最後の最後に、毬は突然不安そうに首を傾げてみるから、龍星は敵わない。
 甘い笑みをその顔に乗せるほかない。

「いや。
 不安になるほど完璧だったよ。
 頼むから俺の大切なお姫様を奪わないで」

 龍星が唇づけようと近寄るのに、毬はするりと腕から逃げ出した。

 十分な距離をとって、龍星を見る。
 その口許にはいたずらを思いついた幼子のような笑みを浮かべていた。

「駄目ですわ、安倍様。
 身分違いの恋など、私、承服致しかねます」

 女房の口調できっぱりと告げる。