「何言ってるの?
 龍星は私を助けてくれたわ」

 背中から聞こえた無邪気な声がその重々しい空気を、いとも簡単に引き裂いていく。

 龍星は帝の御前であることも忘れ(もっとも忘れてなくても普段から彼の立ち振る舞いは破天荒なものであるが)、はっと立ち上がった。

「もう起きても?」

 立ち寄る龍星の胸に顔を埋めることもなく、毬は強気でにこりと微笑んだ。
 首と耳にはまだ、白い布が巻いてありそれだけでも痛々しい。
 それなのに、毬はなんてことないようににっこり笑ってみせる。

「毬、俺のせいで本当に申し訳……」

「龍星、それは違う。俺の放った矢に問題が……」

 沈痛な面持ちで詫びようとする、緊張感を帯びた龍星の言葉に雅之の言葉まで被る。
 その重たい二つの言葉を毬は容赦なく遮った。

「あのね、私に傷をつけたのはお兄様の持つ短剣よ。
 だから、お兄様以外の誰でもないわ。
 他の誰かが、私の傷の責任を感じることは出来ないの。
 出来るとしたら、それは。
 お兄様を唆した奴だけよ。
 龍も雅之も違うでしょう?もちろん、帝でもお姉さまでもないわ。
 だから、お兄様以外の人からのお詫びの言葉なんて私は聞けない」

 その凛とした声は、この部屋に差し込む朝の陽光に似もた、強い光を帯びていた。
 聞くものの人の心に巣食う氷をも簡単に溶かすほど、暖かく優しい熱を含んでいる。