山道を走る馬の上は決して快適ではない。

 毬はしばらくの間意識を保って龍星の胸にしがみついていたが、そのうちに、ゆっくりと瞳を閉じてしまう。

「眠っていなさい、大丈夫だから」

 そう囁いた龍星は力をこめて、毬の小さな身体を抱えなおさなければならなかった。

 胸に抱える龍星の目の前で、無残に切られた黒髪と、生々しい傷のある右の耳が揺れる。

 ……もっと冷静に対応しておけば。

 そのたびに、悔やみきれない苦い想いが龍星の胸を圧迫していく。

 首も、耳だって痛むはずなのに毬は一言も痛いとは言わなかった。
 涙さえ、見せない。

 まるで、何でもないことのように龍星の胸に飛び込む刹那、にこりと笑ってすら見せたのだ。小さな子供が迎えに着てくれた親の胸に飛び込むかのように、無邪気で無垢で幸せそうな笑顔。


 痛かった、辛かった、早く助けて欲しかったと泣き縋ってくれれば、少しは楽になれるのに。

 毬は、一生、御簾の奥で、心を赦した殿方以外、誰にも姿を見られないまま平和に幸せに暮らすのに相応な家柄の姫なのだ。

 それなのに。

 こんな山奥で、短剣に刺されてしまうなんて。

 それも、自分の目の前で。

 龍星はこみ上げる後悔を飲み込んで、努めて冷静に馬を走らせた。
 二度と、感情の抑制が効かない、などという情け無い理由で毬を傷つけたくはなかったから。

 知らず、無表情になっていく。
 美しいといって過不足のないその顔は、いつしか能面のような冷たい無表情に覆われていた。