「毬、久しぶりに白に逢いたくない?」

 不意にそういわれて毬は目を丸くする。
 白(シロ)といえば、左大臣家で飼っている白い柴犬であり、先日、左大臣を呪詛から救った功労者でもある。

「左大臣家(うち)に寄るの?」

「嫌ならここで待っておいて」

「嫌、ここで待つのは」

 毬はぷいと膨れる。

「では、ご一緒にどうぞ」

 龍星が先に牛車から降りて、そっと手を差し伸べた。
 ためらうことなくその手を掴む。

「でも、どうして白を?」

 毬はきょとんと首を傾げた。

「明日、一緒に嵐山に行って貰おうと思って」

「お父様は……よろしいって?」

「もちろん。打ち合わせ済みだよ」

 毬はさくさくと家に入り、既に話を聞いていた左大臣家のものから白を預かった。

 先日のお礼ということなのか。
 白には迷惑であろう赤い着物まで着せてある。

「犬に着物って……変じゃない?」

 毬がそう言うと、女房はなんとも返事をしかねて苦笑して見せる。
 白は久しぶりに逢う毬の腕の中で喜んで尻尾を振っていた。