繊細な指先が誘うように伸ばされる。

「一緒に御所まで散歩しようか?」

「私はここに居るわ。大丈夫」

「しかし」

「駄目よ。お仕事しているときの龍は怖いもの。
 私と一緒に居ないほうがいいに決まってるわ」

 実際、普段の龍星しか知らないものが、彼が毬を見つめる表情を目にしたら、混乱すら覚えてしまうだろう。
 そのくらい、まるで着物を着替えるかのように簡単に、龍星は身に纏う雰囲気を変えてしまうことが出来るのだ。

「差し支えなければ俺がここに居るよ」

 親友の申し出に、仕方なく龍星は片手を挙げた。

「了解。
 そこまで俺一人に働けというなら、行ってくるとするよ」

 龍星が優雅な物腰で立ち上がる。
 着物を着替えるため歩き出す龍星の背中を、毬が慌てて追いかける。

 それは、幼子(おさなご)が、出かける父親の背中を追いかけるように微笑ましい光景だった。

 着替え終わった龍星は、じっと待っている毬をその腕に抱き寄せた。

「心配しなくていい。
 すぐに戻ってくる」

 毬は返事もせず、その胸に顔を埋めていた。

「どうした。
 やはり、一緒に行く?」

 毬はきっぱり首を横に振る。
 どんなに近しい人でも、踏み込んではいけない領域があると昨日知ったばかりだ。

 龍星は毬の頭をくしゃりと撫でると、そっと唇を重ねた。

「大丈夫、俺はいつでも毬のここにいるよ」

 と、毬の左胸に着物の上から触れる。
 それが、夕べ胸元に龍星の唇によって刻まれた紅い印を意味するものだと知ってか知らずか、毬はゆっくり頷いた。