砂糖菓子より甘い恋【加筆修正ver】

 もちろん、書物を読み漁ったからといって世界が突然色を変えるわけではない。
 陰陽の話は奥深く、水のようで、手に取ったと思った端からするりと抜け落ちていってしまう。

 力があれば、役立つであろう呪文や印が五万と載っている本もあったが、毬がそれを口にしたり手で形にしたからといって何が起きるわけでもなかった。

「つまんないの」

 どのくらいの間集中していたのか。
 気づけば太陽はもう、真上を越えて、傾きかけている。

 いつの間にやってきたのか、黒猫が部屋の片隅で暇そうに欠伸をするとのんびりと毛づくろいをはじめた。

 毬は、その姿にふと思いついて、先ほど目にしたいくつかの書物をひっくり返す。

『猫を呼ぶときの誦(じゅ)』

 毬はそれを慎重にそっと呟いてみた。
 間違えないように、ゆっくり、三度。

 すると、毛づくろいをしていた黒猫が途中で止め、じぃと毬の目を見るとゆっくりとにじり寄ってきたのである。

「ええ?!」

 毬は驚いて、そして、微笑んだ。
 成功したのだ。

 喜んで、腕の中にやってきたその黒猫を抱き寄せる。
 ひなたぼっこをしていたのだろう。
 その毛からは優しいお日様の匂いがして、毬を幸せにした。

「ほら、私にだって出来るわ」

 龍星は意地悪なのだ、きっと。
 その言葉が適切でないというなら、過保護。

 毬は嬉しくなって、その書物のほかの行を見る。


 これだけ分厚い本なのだ。

 きっと、『憑依されたときの誦』あるいは『憑依されないための誦」があるに違いない。
 毬の瞳は、宝石のように輝いていた。