――一方。
場所は安倍邸、時間は朝へと巻き戻る。
毬が次に目を覚ましたときは、すっかり明るくなっていた。
明け方感じた疲労感に似た違和感もなくなっていて、毬はすくっと身体を起こす。
いつものように、屋敷の女房に着替えを手伝ってもらいながら問う。
「安倍様は?」
毬は龍星の忠実なる僕である屋敷の者たちに気を遣って、なるべく、彼を呼ぶとき安倍様、というようにしているのだ。
いくら『人』でないものたちとはいえ、いや、そうであるからこそ後からやってきた自分が他の者たちに少しでも不快感を与えないようにしたいと、毬は思っていたのだ。
本来なら、ただの居候なのに着替えの手伝いから食事の準備、風呂の世話までしてもらうのは申し訳ないとすら思っている。
もっとも、一度そう言ったら、龍星が左大臣家と同様以上の扱いをさせてくれないのであれば、左大臣家に返すほかないと言ったので、二度とは言い出さないようにしているが。
「安倍様は、朝方、遠原様と共にお出かけになりました。
早めに戻ってくるのでご心配の無いように、朝食をとっておくようにと言われてらっしゃいました」
「……そう」
毬は声を落とす。
ずっと傍に居ると言った端からこれだ。
そして、明け方のことは夢だったのだろうか。
それとも……
考えても答えが出るわけではない。
予定もない長い一日をどうやり過ごそうかと考えながら、朝食を終えた毬は、同じように暇を持て余している黒猫に会いに、お気に入りの中庭へと足を運んだ。
否、正確には足を運ぼうとしたその途中、龍星の書斎に目がいった。
鍵がかかっているわけではないその部屋に、そっと入る。
溢れんばかりの書物を、適当に一冊とり、ゆっくりと開いた。
毬は一応字が読める。そこはじゃじゃ馬でも、良家の姫。そのくらいの学識は持ち合わせていた。
もちろん、ここにあるのは直接唐から持ってきたものや、旧いものもあるので、全てが全て読めるわけではないが。
それでも、ここに陰陽の力の原点があるのではないかと感じ、毬は一心不乱にそこらじゅうの書物を手当たり次第に読み始めていた。
場所は安倍邸、時間は朝へと巻き戻る。
毬が次に目を覚ましたときは、すっかり明るくなっていた。
明け方感じた疲労感に似た違和感もなくなっていて、毬はすくっと身体を起こす。
いつものように、屋敷の女房に着替えを手伝ってもらいながら問う。
「安倍様は?」
毬は龍星の忠実なる僕である屋敷の者たちに気を遣って、なるべく、彼を呼ぶとき安倍様、というようにしているのだ。
いくら『人』でないものたちとはいえ、いや、そうであるからこそ後からやってきた自分が他の者たちに少しでも不快感を与えないようにしたいと、毬は思っていたのだ。
本来なら、ただの居候なのに着替えの手伝いから食事の準備、風呂の世話までしてもらうのは申し訳ないとすら思っている。
もっとも、一度そう言ったら、龍星が左大臣家と同様以上の扱いをさせてくれないのであれば、左大臣家に返すほかないと言ったので、二度とは言い出さないようにしているが。
「安倍様は、朝方、遠原様と共にお出かけになりました。
早めに戻ってくるのでご心配の無いように、朝食をとっておくようにと言われてらっしゃいました」
「……そう」
毬は声を落とす。
ずっと傍に居ると言った端からこれだ。
そして、明け方のことは夢だったのだろうか。
それとも……
考えても答えが出るわけではない。
予定もない長い一日をどうやり過ごそうかと考えながら、朝食を終えた毬は、同じように暇を持て余している黒猫に会いに、お気に入りの中庭へと足を運んだ。
否、正確には足を運ぼうとしたその途中、龍星の書斎に目がいった。
鍵がかかっているわけではないその部屋に、そっと入る。
溢れんばかりの書物を、適当に一冊とり、ゆっくりと開いた。
毬は一応字が読める。そこはじゃじゃ馬でも、良家の姫。そのくらいの学識は持ち合わせていた。
もちろん、ここにあるのは直接唐から持ってきたものや、旧いものもあるので、全てが全て読めるわけではないが。
それでも、ここに陰陽の力の原点があるのではないかと感じ、毬は一心不乱にそこらじゅうの書物を手当たり次第に読み始めていた。


