毬は、目が覚めた時軽い息苦しさと違和感を感じた。
 緩やかに瞳を開けると、目の前に龍星がいてドキリとする。
 それも、いつもの見慣れた距離ではなく、真に目の前にいる。
 正確には、左腕を枕代わりに毬の頭の下に敷き、右腕で毬の体を抱き寄せているのだ。

 朝を告げる薄い光が差し込む中で、陶器を思わせる艶やかな白い肌、それを飾る長い睫毛やすらりとした鼻梁、今は一切の表情の無い真紅の唇に、思わずため息さえつきそうになる。

 毬は息を飲み込むと、龍星の呼吸が乱れないことを確認してから、そっとその腕の中から抜け出ようと試みた。
 息苦しさからではなく、夕べの気まずさから逃げたくて。

 都一腕が立つと評判の陰陽師に、結果的に戦いを挑んだことは大きな過ちだったと反省する。
 とはいえ、どうしてそんなことになったのか、原因は正確には分からなかった。

 自分はただ、自分の身を守る方法を模索していただけで、それがいけないことだとはどうしても認められない。

 かといって、朝一で喧嘩の再発もしたくない。
 毬だって出来ればこの美しい顔の陰陽師にはいつも甘く微笑んでいて欲しいのだ。
 となれば、顔を合わせなくてすむよう抜け出すほか選択肢を思いつかなかった。

 重みを感じる腕をそっと持ち上げようと身じろぎした途端。
 それが罠起動の合図でもあったかのように、強くその腕に抱き寄せられた。

 ……寝てたよね?

 毬は激しく鳴りはじめた心臓音に頬を火照らせながら、心の中でそう呟く。

 そんな動揺になどまるで気付きもしないように、その腕が優しく絡みつく。
 頭上からそっと降ってきたのは、嫌味でも小言でもなく、甘い唇付けだった。


 名前を呼ぼうとしたが、緊張で上擦って声が出ない。
 脈が、恥ずかしいくらいに速い。

「まだ、朝には早い。
 もう少しお休み」

 聞き慣れたはずの、耳に心地のよい声に、全てを奪われたように再び眠りに誘(いざな)われていった。