「謝らないんだから」
長く重苦しい沈黙を破って、先に声を搾りだしたのは毬の方だった。
龍星は重力を感じさせない軽やかな足取りで毬の傍に寄り、しゃがむと有無を言わせる間もなく、ふわりと毬の震える身体を抱き寄せた。
「龍」
毬は濡れた声で、非難する。
龍星は指先でそっと涙を拭う。
「ずっと傍に居る」
毬は一瞬目を丸くして、それからふわりと笑った。
砂糖菓子の甘さを思わせるような、柔らかくまあるい笑みを零す。
「駄目よ。
龍はやらなくてはいけないことが山積みだわ」
その唇を、龍星は言葉ごと掬い上げるように塞いだ。
長い、長い時が止まったかのように思われる唇付け――
毬は手に握っていた風鐸を思わず落とす。
カランカランと耳に心地よい音が、数回、部屋に転がった。
「毬を泣かせないという仕事以上に大事なものは、生憎一つもない」
ひどく真剣な眼差しで、そんな甘言を囁くので、毬はどうしてよいのか分からなくなってしまう。
「あのね、」
「だから、きちんと夕食を食べてくれるね?」
優しい誘惑に惑わされそうになる。
後一歩で、軽く流されてしまいそうな自分を、毬はなんとか押しとどめた。
「じゃあ、御所には行かないの?」
「どうしても来いと言われれば、毬を連れて行くまでさ」
非常識なことをあまりにもあっさりと言うので、毬は首を横に振る。
「無理よ」
「何故?」
「そんな姫、見たことも聞いたことも無いわ」
「前例が無いことはやってはいけないなんて法はない」
「でも」
「嫌?」
心の隅まで見透かすような、鋭い視線に毬は一瞬唇を閉じる。
思考を纏めなければ――
それでなくても口が達者なこの陰陽師に丸め込まれてしまう。
長く重苦しい沈黙を破って、先に声を搾りだしたのは毬の方だった。
龍星は重力を感じさせない軽やかな足取りで毬の傍に寄り、しゃがむと有無を言わせる間もなく、ふわりと毬の震える身体を抱き寄せた。
「龍」
毬は濡れた声で、非難する。
龍星は指先でそっと涙を拭う。
「ずっと傍に居る」
毬は一瞬目を丸くして、それからふわりと笑った。
砂糖菓子の甘さを思わせるような、柔らかくまあるい笑みを零す。
「駄目よ。
龍はやらなくてはいけないことが山積みだわ」
その唇を、龍星は言葉ごと掬い上げるように塞いだ。
長い、長い時が止まったかのように思われる唇付け――
毬は手に握っていた風鐸を思わず落とす。
カランカランと耳に心地よい音が、数回、部屋に転がった。
「毬を泣かせないという仕事以上に大事なものは、生憎一つもない」
ひどく真剣な眼差しで、そんな甘言を囁くので、毬はどうしてよいのか分からなくなってしまう。
「あのね、」
「だから、きちんと夕食を食べてくれるね?」
優しい誘惑に惑わされそうになる。
後一歩で、軽く流されてしまいそうな自分を、毬はなんとか押しとどめた。
「じゃあ、御所には行かないの?」
「どうしても来いと言われれば、毬を連れて行くまでさ」
非常識なことをあまりにもあっさりと言うので、毬は首を横に振る。
「無理よ」
「何故?」
「そんな姫、見たことも聞いたことも無いわ」
「前例が無いことはやってはいけないなんて法はない」
「でも」
「嫌?」
心の隅まで見透かすような、鋭い視線に毬は一瞬唇を閉じる。
思考を纏めなければ――
それでなくても口が達者なこの陰陽師に丸め込まれてしまう。


