「どうでもいいではすまされないこともありますよ」

 龍星は手元にある扇子を開き、形の良い紅い唇を隠す。
 しかし、鋭い眼差しを道剣から外すことはない。

 道剣は、瞬きすら出来ない、呼吸すらままならないほど、龍星の瞳に串刺しにされていた。

 じわり、じわりと嫌な汗が滲む。
 がま蛙にでもなった気分だ。

 そう思ったせいかどうか、龍星の背中に邪悪な気に染まった漆黒の大蛇が見えてきた。
 今にもこちらに飛び掛かってきそうな、恐ろしい闇色の、それはそれは大きな蛇が時折ちろちろと紅い舌を見せつけるように舌なめずりしている。



 吐きそうだ、と、思った。
 しかし、息すらもままならぬ状況では胃がひっくり返ったとしても吐くことも出来ないだろう。


 安倍晴明の再来かと言われるほど腕の立つ陰陽師――


 もちろん、龍星の噂は耳にたこが出来るほどには聞いていた。

 しかし、所詮はまだ年端のいかぬ若造。
 そんなものが、都の代表などとは片腹痛いわ、と、どこかでたかをくくっていたと認めないわけにはいかなかった。