龍星は今が頃合いとばかりに、黒い瞳を細め、口許に微笑を浮かべて切り出した。

「千様のことは、何かお聞きになりましたか?」

「おお、聞いた。
 男であれば良いのだが」

 左大臣は唐突に、祖父の顔になってにこりと笑ってみせる。
 目じりが下がって、先ほどまでの怒りの感情は解けたようだった。

「帝がその件でたいそう気を張ってらっしゃいます。
 千様の身代わりに毬様を置いて、時が来るのを待とうかとまでおっしゃって」

「何?」

 途端、狸は目を吊り上げた。
 ころころと、面白いほど表情が変わる。


「まさか、あれは了承したのではあるまいな」

 これでは話を引き受けた毬のほうに問題があるみたいじゃないか、と、それまで黙って話を聞いていた雅之は、表情には出さぬまでも心の中で苦虫を噛んだ。