二人は左大臣邸に到着した。

 左大臣は、完全に人払いした部屋に、龍星と雅之を招き入れた。


「まだ分からぬのか?」

 開口一番、左大臣は苛々した口調を隠しもせず、龍星を睨んだ。
 狸に似た風貌ではあるが、この世知辛い都で左大臣まで上り詰めその地位を揺るがせないだけのことはあり、瞳には一際力があった。
 顔に刻まれた皺も、年輪のように彼の歴史を物語り、貫録を持たせていた。

「その件でご報告ならびにご相談に伺いました」

 龍星は左大臣の怒りの篭った視線に臆することなく粛々と説明を始める。

「このたびの、呪詛を行ったのは陰陽法師の道剣と名乗るものでした。
 昨日、それを捉えてただいま尋問中でございます」

「何、捕らえたか」

 左大臣は少しは落ち着いたようで、そこでようやく腰を下ろした。

「はい、ご報告が遅くなったことお詫びいたします。
 なにぶん、どこに敵がいるのか分からないので書状などは運びづらい状況でして」

「まさか、うちの中に裏切り者がいるとでも申すのか?」

 龍星の言葉尻を捕らえた左大臣が、ぎろりと目を光らせる。
 
 龍星は声を落とし

「可能性の問題です」

 と、いかにも深刻そうに言った。

「ふむ……」

 左大臣はため息をつく。
 何かに怯えて暮らす生活など元来この男にはあわぬのだ。
 いい加減、御所に出向きたくて仕方が無い。

 その鬱憤を晴らすかのように龍星に当り散らしたのだが、当の陰陽師は涼しい顔で一向に動じる様子も無いので余計につまらなかった。

 これでは、自分ひとりが子供のようではないか、と、わずかばかり左大臣は内省する。
 心を落ち着かせたことを表すかのように、ぱちり、と、手元の扇を閉じた。