「分からないの」

 毬らしくないか細い声でそういうと、手の甲で涙をぬぐう。

「……記憶が戻ってからとても不安なの。
 誰かが私を浚っていきそうな気がするの。上手くいえないけど。
 だから、言っておかなくちゃと思って」

 言葉を、想いを、探しているのだろうか。
 ゆっくり、ゆっくり、言葉を紡ぐ。

「ねぇ、龍。お願いだから、わかって?
 私は誰かに浚われるなら龍でないと嫌……」

 眉間に皺を寄せて、真剣な眼差しで語る毬の小さな唇を、龍星は言葉ごと掠め取った。

 いつもの触れるだけの唇づけではなく。
 互いの舌を絡めあう、深く熱い唇づけ。
 時間が許せば、今すぐここで押し倒してしまいたいほどの欲望が喉元までせりあがる。


 涙ながらにまで彼女が、それを望むというのであれば。
 もう、ためらう理由も自分を抑え付ける必要もない。

 龍星は黒い艶やかな瞳を、殊更甘く煌かせ熱い吐息交じりに囁いた。

「毬を何処にもやらないよ。
 ずっと傍に居てくれるね?」

 その言葉の真意を、いったいどこまで分かっているのか。毬はこくりと深く頷く。

「じゃあ今夜、帰ってくるまで休んでいるといい。
 心配しないで、ゆっくりお休み。
 できれば少し、食事もとるといい」

 暗示をかけるかのように、ゆっくり、力強く龍星が言う。

「分かったわ。気をつけて行って来てね」

 毬は混乱し、暴走する感情を無理矢理鎮めて、唇に微かな笑顔を浮かべてみせた。