龍星はその眼差しに、初めて逢った日のことを思い出していた。

 左大臣家の姫にふさわしくない短剣をその手に握り締め、決死の覚悟で挑んできた時と、まったく同じ決意を秘めた瞳――。

 龍星はそれに気づかないかのように、顎に手をかけ唇を重ねる。
 一度閉じて、再び開いた毬の瞳の色はがらりと変わっていた。

 愛しさを閉じ込めて、それを照れで包み込んだような、そんな視線に。

「もぉ、龍っ
 人が珍しく真面目に話してるんだからっ」

 毬は子供っぽい言い草で、龍星を諌める。
 龍星は形の良い瞳をすっと細めて笑う。

「ふざけて唇付けたことなんて一度もない」

「そ、そういうことではなくって」

「それに、どんなに緊急事態が生じても虎の檻に愛しい子猫を放り込むなんて出来るわけがない」

「虎?」

 毬は首を傾げる。
 いい加減、それが龍星をときめかせる姿だと気づいてもよさそうなものなのに、全く無自覚で子猫のような視線を送る。

「そう、虎」

 言うと龍星は毬の髪を撫でた。

 「無事に出産するのに、替え玉なんて必要ない。
あの男の脅しでも、やはり、毬は渡せないな」

「私はモノじゃないから、勝手に渡したり受け取ったりしちゃ駄目っ」

 毬が頬を膨らませる。
 栗鼠を思わせるその表情に龍星は思わず笑ってしまい、

「そんな風に思ったことなどない」

 と、本格的に拗ねそうな毬に慌てて言葉を付け足した。



 再び都に、朝が訪れようとしていた。