毬は桜の花びらを散らしながらも、猫のようにしなやかに地面に降りると、廊下へと急ぎ丁寧に頭を下げた。

「初めまして、安倍様――」

 一応、【初対面】のふりをするのだな、ということは察してみたものの、龍星とは違いその芝居を長く続けることなどできず、


「あの、先生、まだ怒ってますか?」

 と、不安そうに切り出した。

 
「姫の部屋で待っているから直接聞くと良いですよ」

 龍星は表情一つ変えず、さらりと、交わす。


 毬は無意識に手を抑え、


「もう怒らないかしら?」

 と、不安を隠せない、子どもじみた表情で龍星を見あげた。

「どうでしょう?」

 あくまでも初対面を装う龍星に業を煮やしたのか、一礼して部屋へ向かおうとする毬。


 その時。
 ふうわりと、龍星の細く長い指が毬の頭へと伸びた。


「姫。黒い御髪に、桜色がよく映えていらっしゃいます」

「――っ」

 それがよほど恥ずかしかったのか、毬は花びらを奪うように取り、足早に部屋へと向かっていった。
 楓は慌てて姫の後を追う。


 残った龍星は一人、手入れの行き届いている庭に優雅に目を向けた。

 つい今しがた毬が登っていた古くて大きな桜の樹からは、風もないのに、はらはらと花びらが舞い続けていた。