突然、辺り一面に霞がかかったように白くなった。

 雅之は咄嗟に毬の手を掴もうとしたが、彼女はもうそこには居なかった。

「龍っ」

 毬は心臓にギュッと締め付けるような痛みを覚え、屋敷に駆け出しその名を呼んだ。

「随分と情熱的な声をあげるんだな」

 霞の向こうから、男の声がして、驚き、足を止める。
 嘲笑うような、上から見下すような、それでいてどこか優しさを含んだような声に毬は目を細める。


「誰?」

「緑丸、俺のこと忘れた?」

 切なさを帯びた声が響く。

「みどり、まる?」

 呼ばれた毬は記憶を辿る。

 初めて聞く名前のはずなのに、心のうちのどこかに懐かしい風が吹いたようなざわめきを覚えた。