それから、数日が経った。


 左大臣に、千姫だけでなく、毬姫という姫がいたこと。
 毬姫は男勝りに野山を駆け回る風変わりな姫であること。
 そんな姫を一瞬にして、あの女っ毛が全くない遠原雅之がてなづけたこと。
 そんな噂がおもしろおかしく京の町を駆け巡るのに三日もかからなかった。




「クックッ」
 
 噂を聞き付けた龍星は、当の本人を目の前に愉しそうに喉をならしながら酒を飲んでいた。

「笑い事じゃないぞ、龍星。
 笛を投げられた瞬間、かあとなって、思わず姫君に手をあげていたのだ」

 いくら笛が好きとはいえ、我を忘れるなんて情けない、と、うなだれる雅之は、叱られた大型犬のようだ。


「で、笛を拾った後はどうしたのだ?」

「まさか、その足で再び家にあがるわけにもいくまい。
 俺は姫が投げた笛に傷がないことを確かめると吹いてやったさ。
 姫は悪いのは笛でなく自分であると知って、余計にしょげていたよ」


 また仔犬のようにあの美しい黒い目を伏せたのだろうか。龍星の脳裏にあの黄昏時の光景が甦る。