――その頃、邸内では。


 印を結んだ龍星が呪を唱えていた。
 妖狐は太一になりすまし、ことさら甘えた声を出す。

「かあさん、あいつ、僕を消そうとしている!」

「安部様、お止め下さいっ」

 律は太一を庇い、鬼の形相で龍星を睨み付けた。

 こういう時、正義の在り方がぐらりと揺らぐ。これではまるで自分が悪人だ。

 別に今更妖狐を滅しても、死んだ男が生き返るわけでもない。
 息子を生き返らそうと望んだだけなのに、妖狐に騙され夫を犬死させたと気づけば、女はどれほどやりきれない想いになるだろうか。

 そんな女にかける言葉など龍星は持ち合わせていなかった。



 龍星は仕方なく途中で呪を止める。



 それを見て、妖狐は満足そうにクツクツと喉を鳴らして嗤った。

「それでこそ、我が兄弟」


 龍星は唇を噛み締め、ただ立ち尽くすほかなかった。