龍星からもらった護符を身に付けていると、不思議と心が落ち着いた。

 毬は珍しく、父親の選んだ、「姫君の格好にふさわしい」着物を着て、雅楽の講師がやってくるのを待っていた。

 左大臣は、御所から雅之を連れて帰ってきた。

 これまた、昨日の優男風の龍星とは異なり、いかにも男らしい武人で、左大臣家の女房達をときめかせ、ざわめかせていた。

「急に御呼び立てして申し訳ありません」

 着物に似合うしおらしい声で毬が言う。

「いえ。左大臣様の頼みとあれば。
 しかし、雅楽と申されましても、私は笛を少々たしなむ程度で。
 姫様のお好みに合いますかどうか」

 前置きすると、雅之は懐から愛用の笛を取り出し、奏でてみせた。

 それを耳にした誰もがうっとりするような、優しい音色。


 毬も今日父親が買ってくれたばかりの笛を唇にあてる。

 ふう、ふうと息だけが漏れ、ちっとも音にならない。
 徐々に苛々してきて、折角張り付けたはずの『姫』の仮面がはげていく。


「もー!毬には無理っ」

 癇癪を起こして、笛を庭に投げ付けた。

 刹那、パシリ、と、御所でも温厚過ぎると有名な雅之が毬の手を叩いた。
 いくら、じゃじゃ馬といえども、それなりに甘やかされて育った毬は、もちろん誰かに叩かれたことなど一度もない。
 何が起きたのかと呆気に取られている間に、雅之は無言で裸足のまま庭に笛をとりにおりていった。