「渡辺さん。おはよう」

一階に降りると、渡辺の姿を見つけた風間(かざま)が、元気な声で挨拶しながら、軽やかな足取りで近づいてきた。

渡辺よりも頭一つ分、背丈は低いが、足が速く身も軽く、いつも屋敷の中を隅々まで磨きあげている働き者だ。
たまに姿が見えないなと探してみると、屋根に上っていたりすることもあり、未だにその行動には驚かされることがあった。
まさに、神出鬼没というような身軽さだった。

朱夏の楽しげな明るい笑い声が聞こえるときは、たいてい、風間が話し相手になっていた。
渡辺より、三つ、四つばかり年下らしい。

「体調はどんな感じ?」

誰という主語がなくても、話しは通じる。

「よさそうだ。庭を散歩したいと言うから、食事はテラスに用意すると言ってきたんだが」
「そりゃいいや。水城さんに言って、テラスに食事の用意をしておくよ」

急なことで悪いなと告げる渡辺に、そうかそうか、今日はすごく気分がいいんだなと、風間は渡辺の言葉など聞こえてもいないような機嫌いい様子で、キッチンに向かい始めた。

「あー。金田(かねだ)さんが探していたよ」

庭にいるから行ってみて。
肩越しに振り返って続けられたその言葉に、渡辺は判ったと答え庭へと向かった。