店に他の客がないとき、渡辺は思い切ってセンにその男の氏素性を尋ねてみたことがあった。
仕事もせずに、ここで何をしているのだろうと、背が高く眼光のするどい男のことが、妙に渡辺は気にかかった。

センは遠い親戚みたいなもんだと言い、エロい小説を書いている作家なのだと笑い、書いているものが書いているものなので筆名は教えられないよと、渡辺の煙に巻きはぐらかした。
どこまでが本当のことなのか、全て嘘なのか、それすら渡辺には判らなかった。


‐朱夏ちゃんに害を与えるようにことはしないから、大丈夫


そう言われては、渡辺としてはそれ以上のことは尋ねられなかったのだが、その男が今日は花壇の手入れをしているので下にいるかもしれないと、昨夜電話を入れたとき、センからそう告げられた。
害は成さぬとそう言い切ったのはセンだ。ならば、心配はあるまいと、渡辺は無理やりそう自分に言い聞かせ、正体不明の男のことを頭の片隅から追い出した。