「だあれ?」

しばしの沈黙の後。
見知らぬ男の姿に、悲鳴を上げることもなく、子ども特有の舌足らずな甘い声で誰何する少女に、男は困ったような顔で笑った。

「まだ、朝には遠い。お休み」

少女の問いかけには何も答えず、男は優しくそう告げて、その額に口付けた。

「あなたは? 夜なのに、お休みしないの?」

ちゃんとお休みしないと、おねつがでちゃうよ?
こんな夜更けに起きている男の身を案じているのか、心配げにそう言う少女に、男の視界がまた滲み始める。

かつて隣にいたあの者が、自分に向けてくれていた、あの無償の優しさが思い出されて、目頭が熱くなる。
自分の体がどれほど苦しくても、あの者はいつでも人の心配ばかりしていた。

こんなふうに。
人を案じてばかりいた。


「俺は、大人だから。大丈夫。さあ、朝までゆっくりお休み」

そう言って、もう一度、少女のその小さな額に唇を落として、男は踵を返した。

「どこ行くの? そっちは窓よ。ドアは向こう」

窓に向かう男を不思議に思ったのか、少女の声がそう追いかけてきた。

この闇の中でも、少女の目には男の姿が見えるらしい。
男はそのことに驚きつつも、こっちでいいんだよと、穏やかな声で少女に答えた。