ともに暮らす彼らとて、その有りようなのだ。稀にしか会わない者などは、そのほとんどを、朱夏は会ったことさえも忘れている。
年に数回しか会えない者で、朱夏が忘れることなく覚えていられるのは、父と母くらいだろう。

当然ながら、食事の内容も朱夏はあまり覚えてはいられなかった。
ひどいときは、昨夜の夕飯の内容すら目覚めたときには曖昧になっていることがある。

そんな朱夏が、屋敷からほど近い場所にある小さなカフェで食べたプリンのことは、忘れずに覚えている。
不思議なことだった。

カフェの店名など、何度教えようとも忘れてしまうし、店主のセンのことも曖昧にしか記憶していないが、プリンだけは鮮明に覚えているらしい。

朱夏が喜ぶものならば、屋敷でも作って出してあげようと、料理番の水城(みずき)は何度も挑戦した。
同じ材料で同じ手順で作っても、おいしいと喜んではくれるが同じ味ではないと朱夏は言われ、そのたびに、渡辺よりもやや年上の男が、子どものようにしょんぼりと背中を丸めて落胆していた。

ある日。
何気なくそのことをセンに話してみたら、それは環境が違うからじゃないですかねと、センは笑って答えた。