その力のせいなのだろう。朱夏は過去のことを覚えているのが苦手だった。
力が強くなるにつれ、それは顕著になった。

視てしまった人の未来が記憶に残り、そのまま寝付いてしまうと、目覚めたときには、自分のなかに残っている記憶が、自分の過去なのか人の未来なのか、その区別がつくなくなってしまうと朱夏は言う。
過去を曖昧にしか記憶しておけない朱夏の特性は、ある意味、自分を守るための自己防衛本能なのではないかと、渡辺は思っている。

視てしまった未来が明るく希望に満ちたものばかりと限らない。
むしろ、暗く殺伐とした未来を視てしまうことも、多々あった。
それらを全て自分の中に抱え込んでしまったら、きっと朱夏の精神は健全な状態で保たれないのだろうと、そう思っている。だから、朱夏が忘れてしまうことを、渡辺も、渡辺とともに屋敷にある者たちも、誰一つとして責めることはなかった。

毎日、顔を合わせている屋敷の者たちならば、その顔と名を忘れるようなことはないが、交わした言葉を忘れていたりすることはよくあった。
それでも、屋敷の者たちは誰も朱夏を責めるようなことはしなかった。

ねだられれば何度でも、同じ話を聞かせ、同じことをやってみせた。
朱夏が笑ってくれるなら、そんなことくらい容易いことだと、何度でも繰り返した。