まだ、この体に涙などというものが残っていたのかと、自嘲したくなるほど、視界が滲んだ。

このまま、この腕に少女を抱き上げて、最果ての地へと連れ去ってしまいたくなる。

男は、その衝動を必至に抑えた。

見守るだけでいい。
健やかに。
美しく。
育っていくこの子を。
ただ。
見守っていられればいい。


自分を戒めるように、そう自分に言い聞かせ、男はその髪に触れようと手を伸ばした。


今度こそ。
人として幸せに生きてくれ。


お前のその姿を見ることができるなら、俺はそれだけで満足だからと、眠るその顔に、そう告げた。






そのときだった。


それは、本当に、突然のことだった。

ぴくりと少女の瞼が震え、慌てる男が身を隠す暇もなく、うっすらと開いた少女の黒目がちな目が、そこにあった男を捉えた。

まだ焦点の定まらない、ぼんやりとしたその目は、まるで夢でも見ているかのように、不思議そうに男を見つめていた。

ゆっくりと、数回、瞬きを繰り返して。
やがて、まっすぐに少女の目は男を見た。