一願

朱夏の力を知っていた先代当主は、朱夏に負担がかからぬよう、それは大切に朱夏を育ててきた。
両親に疎まれている分、祖父はその孫娘を可愛がり、いつでも近くに朱夏を置いた。

あの頃が、朱夏にとっては一番幸せだったときかもしれないと、いつもにこにこと笑っていた朱夏を、渡辺は思い出した。
先代当主の傍らには遊ぶ友もなく、いつも一人ぼっちではあったけれど、それでも、いつも笑って遊んでいた朱夏を思い出す。

この屋敷で暮らすようになって五年。

最近になって、ようやく、あの頃のような笑顔を見せてくれるようになった。
あの笑顔を護るためなら。この手を血に染めても構わないと、渡辺はそう思う。

一つ、大きく伸びをして渡辺は深呼吸した。

夢の中の言葉が思い出せないことが、少しばかり気に掛かったが、いい知らせだったから記憶にそれほど焼きつかなかったのかしれないと、そう自分に言い聞かせ割り切った。
判らぬものは判らぬと、割り切らなければ先に進めないことが、朱夏の側にいると多々あった。
だから、渡辺はこの件も、判らないことは仕方ないと割り切った。