僅かに身を屈めて、見上げる二階の部屋まで伸びている大きな木の枝を目掛けて、男は跳んだ。

事も無げに、男は跳んだ。

それだけでも、この男は人為らざる者だということが判る。
音も立てず、ふわりと、男は枝の先に足を下ろした。

男が見上げていた二階のその部屋にある、小さなテラスに面した両開きの窓は、その中央を細く開けているようだった。
ときおり、すうっと吹き込む涼しい風で、室内に掛かる白いレースのカーテンが、小さくふわりと揺らいでいるのが判った。

そろそろ梅雨も明け、季節は初夏を迎えようとしていた。
ここ数日は、少しばかり気温が高く、昼下がりともなると、皆、汗ばんでいるようだった。
今日は、特に暑い日だった。
日が落ちても、しばらくはその暑さは残っていた。

ややひんやりとした夜の空気が生み出した、心地よい風を部屋に入れようと窓を開け、そのまま眠りについてしまったのだろうか。なんとも無用心なことだと、男は小さくため息を吐いた。


何者かに。
忍び込まれでもしたら。
どうする気だ。
あいつときたら、昔から……


そんな心配して、思わず、男はくすりと笑ってしまった。


忍び込もうとしているのは-
俺だ。


そう思うと、男は心配していることすらも、可笑しくなった。