男のその怒気が伝わったらしい青年は、おいおい、勘弁しろよと苦笑いを浮かべていた。

「そう殺気立つなよ。やりあう気はないって、何度も言ってるだろ。俺は鬼狩りじゃないよ。どっちかって言うと、オニさん側だ」
「どういう意味だ?」
「そこは話すと長いからパス」

人を食ったような答えを返して、青年は男に背を向けた。
微塵の警戒も見せず、あっさりと背を向けた。

「あのね。多分、俺、オニさんと同じくらいは生きてるから。だから、朱花の名くらいは知っているよ」

肩越しに男を見て、にたりと、やや獣じみた笑みを浮かべる青年のその顔に、男の古い記憶が揺さぶられる。


どこかで。
会ったことがある。


古い記憶を必至に手繰り寄せ、ようやく、その後ろ姿があった場所を、男は思い出した。

「お前。あのとき、月を見ていた者か」

訪ねたあの老人の屋敷で、命を張った緊迫した雰囲気など気にも留めずに、老人の傍らで暢気に饅頭を食いながら、空に浮かぶ満月を眺めている者がいた。

青年の後ろ姿が、あの日の後ろ姿に重なっていった。

また肩越しに男を見た青年は、唇の端をくいってあげて、正解と笑った。
その顔は、あの時、ほんの一瞬、背後の自分を振り返り、面白そうに笑ったときの顔だった。