このあたりの者たちは、この大きな屋敷を『阿部様のお屋敷』と、そう呼んでいるのだという。
男がそれを知ったのは、昼間、ある女学生から、この屋敷の話しを聞いたからだ。
この町に来たその日に出会った、男が好む甘い匂いを嗅ぐわしている、可憐な女学生だった。


阿部様、か。


なんとも奇妙な因縁だなと、男は苦笑した。

はるか昔。
全てを失った男が相見えたあの老人とは、おそらく、縁も所縁もない家だろう。
あったとしても、それほど深い縁でも所縁でもないだろう。
その名を掲げる家など、今のこの時代、数え切れぬほどあるが、あの老人から脈々と続く、あの血を引く者の在り処は、この地ではないはずだ。

けれど、それでも、同じ響きを持つ名を掲げるこの家に、愛しきあの者の魂が生まれ落ちたことに、男は少なからず何かの縁を感じずにはいられなかった。


そう言えば。
冥土に行ったら。
閻魔様に頼んでやろうと。
笑っていたな。
お前が見つけやすい場所に。
あの魂を生まれ落としてやってくれと。
それくらいのことは。
頼んでやると。
そう、笑っていたな。


同じ名であれば見つけやすかろうなどと言って、閻魔とやらを誑かしたのだろか。あの飄々とした老人ならば、それくらいの悪ふざけはやらかしそうだと、男は鼻で笑った。