「それは怖かったですね」
「こわくなかったわよ」

カラスさん、とってもやさしかったの。
甘えるように声でそう告げる朱夏に、渡辺はそういうことかと笑った。


どうやら。
夢を見たらしい。


朱夏はしてはかなり珍しいことだが、そうなのだろうと、渡辺は考えた。

「そうですか。優しいカラスさんでしたか」

問うのをやめて、朱夏はあわせて楽しく話を進めていく。

「うん。あのね、朱夏になにかあったらね、カラスさん、たすけにきてあげるよって」
「それは、きっと、朱夏さまが毎朝、あのテラスに置いてあげているパンのみみを食べに来ているカラスでしょう。美味しいパンのお礼を、朱夏さまに言いにきてくれたに違いません」

朱夏が朝食で残したバンを小さく千切っては、こっそりとテラスに蒔いていることを、渡辺は知っていた。

渡辺のその言葉に、朱夏は一瞬奇妙な面持ちで何かを考え込んだようだが、すぐに、そうかな、だったらいいなと、楽しそうに笑い返した。

「さ。そろそろ、お休みいたしましょう。明日もちゃんとご飯を食べて、パンを置いてあげないと、優しいカラスさんが、お腹を空かせてしまいますよ」

優しい言葉に、朱夏はこくんこくんと何度も頷き微笑んだ。