「明日になって、眠れなくて気分が悪いなどど聞かされるくらいなら、こうやって起こしてくださったほうが、ずっといいです」

遠慮しないで、いつでも呼んでくださいと、柔らかな声で男は朱夏に囁き続ける。
その優しい声に、朱夏の目がとろんとした、穏やかなまどろみの色を浮かべていく。

「こんな時間に、目を覚まされるなんて、珍しいですね? どうかされましたか?」

目覚めの理由を尋ねられ、朱夏はその理由を思い出そうとした。


なんでだっけ?
んーと。


朱夏はその目を瞬かせて、空を飛んでいった大きな黒を思い出し、「カラスさん」と呟いた。

「鴉さん?」

辛うじて聞き取れたその声に、渡辺は眉を潜めた。

ときおり、突拍子もないことを言うことはあるけれど、それにしても鴉とはなんだろうと、渡辺は考え込んでしまう。

「あのね。カラスさんがきたの」

朱夏の視線がテラスに向けられて、渡辺もその視線を追うように外を見た。

「外にですか?」

こんな時間に、鴉がテラスの手すりにでも止まり、うるさく啼いて朱夏の眠りを妨げたとでも言うのだろうと考えると、嫌な思いに胸が騒ぐ。

なんとなく、夜の鴉に不吉なものを感じて、胸が騒いだ。