きっと。
どこへでも。
あの人はいけるんだ。


そう思ったら、あの真っ黒の男が、少女には羨ましくなった。
一人では、どこにも行けない自分が、悲しくなった。
誰かがいても、自由にどこかに行くことなどできないけれど、ごく稀に、車に乗って外に出ることくらいはできた。

でも、自由に外に出ることはできない。
少女に許されている自由があるのは、この屋敷と庭だけだった。


また、ため息を吐いて、もうねなきゃと少女は呟いた。


ちゃんとお休みしないと。
おねつが出ちゃうもの。


熱を出して苦しい思いをすることなど、もう慣れているから平気だけれど、家の者たちがみな心配する。
小さなこの体が熱に浮かされ苦しむ姿に、少女を守る優しき者たちは皆、その心を痛める。
それが少女には心苦しかった。

眠ることができなくて、どうしようと少女は悩み、仕方がないと諦めて、ベットの脇に空いてある小さなサイドテーブルに備え付けられている、呼び鈴のボタンを押した。


こんなじかんに。
ごめんなさい。


申し訳なさいっぱいの気持ちで、少女はボタンを押した。

きっと、渡辺(ワタナベ)あたりが飛んでくるだろうと思っていたら、想像通り、ものの一分とかからずに、ドアを静かに叩く音がして、一人の男が室内に入ってきた。

予想通り、渡辺だった。