その日は、すごく暑かった。
日よけになりそうな木なんてない、見渡す限り田んぼの田舎での体感温度は、きっと実際の気温より高いのだろう。

――蒸される前に家に辿り着けるかな。
彼は誰に言うでもなく(強いて言うなら周りを飛び交う蚊たちに)呟いた。

大して風が来るわけでもないが、何となくぱたぱたと手で顔を扇ぎながら歩く。
右も左もずっと田んぼなのだから、どのくらい歩いたか、或いは本当に歩いているのかさえ分からない。

そんな風にぼやーっとしながら確かに歩いていた彼の視界に、不意に派手な色合いの幟が飛び込んできた。

少し黄ばんだ白地に青い富士山、そして――真っ赤な”氷”の文字。

彼はふらふらと、幟の出ているその小さな店に歩を進めた。