Ghost of lost

　勇作は返す言葉もなく秀美のまっすぐな視線に対して俯いてしまった。
　秀美は軽く溜息を吐いた。
「今日はもう帰って良いわ。その代わり必ず病院に行って睡眠薬でも処方してもらってちょうだい。あなただって立派な私の戦力なんだから」
　秀美は立ち上がると勇作の後ろに回り両手を彼の肩の上に置いた。
　勇作はその背後から鋭い視線が向けられているのを感じた。

「なによ、あの女。勇作にあんなに近づいて…」
　勇作の隣で腕を組みながらリサは怒っていた。彼女は勇作が他の女性と親しげにしているといつも機嫌が悪い。
「リサだって知っているだろう。須藤さんは僕の上司なの」
　リサはいつも彼の職場に来ているから秀美のことは知っているはずだった。いつもは上司と部下の関係といった会話が多かったので、リサは何も言ってこなかったが、強は個人的な会話でもあったので、彼女の機嫌は悪いのだろう。
「だからってあんなにくっつかなくても良いじゃない」
　リサは頬を膨らませてみせる。
「おまえ、ヤキモチを妬いてるのか？」　
　祐介はからかう様に言った。
「別に、そんなんじゃないわよ」
　リサはそう言うとそっぽを向いた。けれどもその表情は何処か嬉しそうでもあった。
「私はあの女が勇作に馴れ馴れしいから怒っているの！」
　リサは再び顔を勇作の方に向けると絡めていた腕にぎゅっと力を入れた。
　こういうリサの仕草を勇作は可愛いと思っていた。それに最近は僅かだけれどもリサが触れていることを感じる様にもなってきていた。少しずつ二人の距離が縮まってきているのだろうか、勇作はそれを悪くは感じていなかった。
　仕事のことを気にしないで昼間の街を歩くのはまた違った感じがした。会社から駅までいつも見慣れている景色なのに人の流れが詳細に見えた。何かに追われているという気配を感じないことはこれほどゆったりとした気持ちを持つことが出来るのか、勇作はそんなことを考えていた。
　さて、これからどうしようか。
　秀美は寝不足を改善するために病院に行き、睡眠薬などを貰ってこいと言った。だが、勇作には寝不足の理由が解っていた。だから薬を貰ってもこの寝不足は改善されないことも解っていた。
　だからといって何もしない訳にもいかないだろう。やはり病院に行って薬だけは貰っておこう、勇作はそう考えて姉のいる心療内科の扉をくぐった。