ある朝、勇作はぼんやりとした意識の中、会社に行き、自分のデスクに着いた。周りは朝の喧騒で満ちている様だ。得意先に電話をする者、見積や契約書の内容を確認している者、早々と出掛けていく者、既にそれぞれの仕事に入り込んでいる。
 だが、勇作は違っていた。
 意識が集中できないのだ。
 連日の浮遊霊達の酒宴に半ば不眠症状態であるのは事実だったが、それだけが原因とも勇作には思えなかった。不眠状態にある眠気とも違う何か、精神力が吸い取られている、そんな感じがするのだ。
 何となく身体が重い、そういう感じなのだ。この怠さは夜には治まっている。だんだんと自分は夜型にシフトしている様なそんな感じがした。
 困ったものだ。
 勇作はそう思った。
「岸田君、どうしたの?」
 不意に後ろから肩を叩かれ、勇作は振り向いた。そこにはビジネススーツを身に纏った彼の上司、須藤秀美の姿があった。
「何ぼんやりしているの?みんなもう出掛けたわよ」
 秀美の言葉は柔らかかったが、それでもぼんやりとしている勇作を責めている様でもあった。
 勇作は慌てて周囲を見回すと、オフィスの中は閑散としていた。
「す、すみません。今出掛けます」
 勇作は慌てて資料を鞄に詰め始めた。
 そこへ秀美は声をかけた。
「慌てなくて良いわよ。それより少し話を訊かせて?」
 秀美は勇作を小会議室に導いた。
 小会議室。
 そこは四、五人ほどが打ち合わせの出来る空間だった。二人がそこに入ると秀美は上座の席に座り勇作に左側の席を促した。
「岸田君、最近どうしたの?いつもぼんやりしているし、一寸したミスも多くなってきているけど…」
 秀美が勇作の顔を覗き込む。その表情は彼を叱るというよりも心配しているというものに見える。
 勇作は本当のことはいえない、仮に言ったとしても信じてもらえないだろうと思った。
「いえ、特に何もありません」
「本当に?目の下にクマができている様だしなんだか疲れている様に見えるわよ。ちゃんと眠れていないんじゃないの?」
 秀美は椅子に斜めに座り、その足を組んで見せた。
 確かに彼女の言葉は的を得ていた。このところ勇作はゆっくりと眠ってはいなかった。いつもからだが怠く、仕事にも影響が出始めていることは彼もわかっていた。
「ええ、最近寝付きが悪くなってはいますが…」
「やっぱりね。最近それが仕事に影響が出てきているわよ」
 秀美はまるで弟を見る様な視線を勇作に向けていた。彼女にはこういう所があった。単なる上司と部下の関係ではなく、家族や友人の様な親しげな関係を持つ様に心掛けている様だった。