女はカオリといった。
 彼女には二人の子供がおり、二人を育てるために長距離トラックのドライバーをしていたしていたという。夫とは三十代で離婚したらしい。その理由は語らなかった。
 カオリは子供達と共に彼女の実家で暮らしていた。そのおかげで仕事を続けることが出来たという。だが、トラックのドライバーの仕事は思っていたよりも過酷で、疲労感が取れることはなかった。
 そんな中、ある日居眠り運転で事故を起こし、彼女は死んでしまった。幸い単独事故だったことだけが救いだった。上の子が十歳、下の子が八歳の頃のことだった。
 子供達の世話は彼女の両親が見てくれたので心配はなかったが、やはり彼等の成長の過程が気になり、彼等が高校を卒業するまで傍で見守っていたという。でも、子供達も自立できる年頃になったため、今は自由気ままの浮遊霊として暮らしているのだという。
 そんな彼女がリサの存在を知ったのは一年ほど前のことだった。いつもの様に夜の街を彷徨っていると、不意に子供の様な泣き声がするのに気がついた。それは寂しげというよりも親とはぐれてしまった子供の様な不安げな泣き声だった。耳の奥に纏わり付き離れないその声の元を探して彼女はこの部屋に辿り着きリサと出会ったという。
 カオリがリサを見つけた時、やはり彼女はカオリに懐いてきたという。そしてリサは片時もカオリから離れようとはしなかった。とはいえ、カオリもぞっとリサの傍に居ることも出来なくて、彼女を引き留めようと様々なことをしてきたという。中にはカオリの悪口や悪い噂を周囲の浮遊霊達に流したりしたこともあった。
 カオリはいつもリサの傍にはいられない事情をリサに話し、その代わり一ヶ月に一度はリサの元を訪れることを約束した。
 リサに会う時、彼女は部屋に住む人の誰もが彼女に気づいてくれないことの不満をカオリに話した。気づいてもらおうと夜中にパチパチという音をたてたり、物を動かしたりしたが、それは返って住人達を怖がらせてしまい、この部屋は空き部屋となる時間の方が多くなった。
 そのためにリサがカオリに呼びかけることが多くなったが、カオリは心を鬼にして気づかない振りをしてきたという。
 勇作もカオリが言うことに思い当たることがあった。そういえばリサは少し纏わり付きが過ぎる気がしていたのだ。最近はリサの纏わり付きの為に少し寝不足気味になっていた。だが、リサが記憶を失っていることと幼く危うい雰囲気を持っていることから、なるべく彼女の相手をすることにしていた。それはリサにとって、そして勇作自身にとって良いことなのだろうか?カオリの言葉を聞いて勇作はそう思った。だが、危うい所を持っているリサの相手をしない訳にもいかなかった。