その夜、リサは疲れたのか勇作のベッドでうとうとしていた。幽霊が眠ることがあるかはわからないが、やはり体力を消耗していたのだろう、勇作がいくら声をかけてもリサは起きようとはしなかった。
 出かけた時の彼女はとても嬉しそうにはしゃいでいた。映画は今流行のラブコメディで、リサは笑う所で笑い、泣く所で泣いていた。その後シネコンが入っているデパートの中を見て回り、夕方にはアパートに帰ってきた。何の変哲もないよくあるデートの風景だったが、リサにとっては勇作と何処かに出かけたということだけで充分に嬉しい出来事だったらしい。
 夏服の制服を纏って眠っているリサのあどけない姿は勇作の心を癒してくれた。
 時計を見ると夜はまだ早かった。開け放った窓からは久しぶりに心地よい風が入ってくる。勇作は冷蔵庫から取り出したビールを片手に二階の窓から外を眺めていた。すると、アパート近くの路地にぼんやりとした白い影があるのを見つけた。それはこちらに気づいたようで、音もなく勇作の部屋に近づいてきた。
 嫌な予感がした。
 この感じはリサと初めて出会った時と同じ感覚だった。またこの世のものではないものに関わることになるのだろうか?勇作の脳裏に澱んだものが浮かんだ。
 やがて白い影は勇作の目の前の空中に浮かんで止まった。影はリサの時と同じように人型を形成し、一人の中年女性に変わった。彼女は筋肉質のがっしりとした身体をしていた。
「あんた、誰?」
 その女は勇作に向かっていった。どうやらこの部屋が無人であると思い込んでいるらしい。確かにこのアパートに引っ越してきたのは一ヶ月ほど前だったので、この部屋に勇作がいないと思っていても不思議ではないのかもしれない。
「誰って、この部屋の住人ですよ」
 勇作は自然な声で応えた。
 既にリサと出会っているからなのか、幽霊という存在を彼は受け入れているようだった。
とはいえ、何処か異質のものを感じてもいた。「一ヶ月前までは空き部屋だったはずだよ」
「だからここに住み始めたのが一ヶ月前なんですよ」
 女は納得したのだろうか、勇作の顔をじっと見つめていた。
「あんた、平気なのかい?」
 そう言うと女は両手を前に出し、掌をだらりと下げて見せた。
「あなただって、そうでしょう?」
 勇作は笑って見せた。それを見て女もまた笑って返した。
「もう見たのかい?」
「リサのことですか?見ましたよ」
「それで?」
「それでって、可愛い子じゃないですか」
 女は勇作の言葉を聞いて微笑んで見せた。