操はそこにいた。
 フェスの向こう、足が二つ分位置けるほどの場所にぼんやりと立っていた。雨が容赦なく彼女を濡らしている。栗色の髪が白い頬に張り付いている。
「西田…」
 操を驚かせない様に勇作は静かに彼女の方に躙り寄っていく。一歩、二歩、二人の距離は縮まっていく。
 操がゆっくりと振り返る。
 その瞳は虚ろだった。
 焦点が定まらず、彼女は何処も見ては居なかった。
 その口元は薄笑いを浮かべて、歪んでいる。
 その表情が別のものと重なった。
「リサ…」
 勇作の口元からその名前が漏れだした。
 目の前にいるのは確かに操なのだが、その笑みはこの世のものとは思えないほど不気味だった。その笑みはリサの顔を思い出させた。
「お前、何しているんだ?」
「勇作こそ、何しに来たの?」
 操の口から出る、操の声のリサの言葉は微かに震えていた。それは打ち付ける雨の冷たさから来るものではなく、うちに秘めた怒りから来るものだった。
「私はね、こんな女、殺して雇うって思って此所にいるのよ。私から勇作を奪おうとしたこの女を…」
 闇の中を稲妻が走る。
 青白い光が操の中にいるリサの残忍な顔を映す。
「やめろ、リサ、そんなことはよせ」
 勇作の声は擦れていた。
「勇作だって私を裏切ろうとしたじゃない!」
 リサの言葉が勇作の胸を貫いた。
 確かに操の告白は嬉しかった。心地よい学生時代の想いを勇作に思い出させてくれた。ただそれだけだった。あの頃の想いが薄らいでしまうほど二人の間には空白の時間があった。
「そんなこと、ある訳ないじゃないか」
「嘘、この女の告白を断らなかったじゃないの!」
 リサの怒りは治まりそうになかった。
「嘘じゃない。酔った時の話じゃないか。それに今…」
 雨脚が少し弱くなる。
「それに今は君が居る。君を放っておけないんだ」
 今度は勇作の言葉がリサの胸を貫いた。