「良かったじゃない、霊の方から離れてくれて」
 診察室の中、椅子にゆったりと座って姉、理恵が言った。
 リサが出て行ってから三日が過ぎていた。「そうなんだけど、妙に気になってね」
 彼女がいなくなって、勇作の周りは静かになった。常にリサ機嫌を損ねないように気を使うこともなくなった。だが、それが却って気になるのだ。
 これまで片時も勇作のそばから離れなかった彼女が一人でいられることはいはずだった。どこかで何か困ったことになってはいないか、気になって仕方がなかった。
 そのために静かになったとはいえ勇作はまた不眠状態になり始めていた。
 今日はまた睡眠導入剤を姉に処方してもらおうと彼女の病院を訪ねたのだ。
「でも、彼女が自分からいなくなるなんて、少し変だわね」
「ボーダーラインだから?」
「そう、彼女はあなたを失うことが怖いはずなのよ。だから傍に居ようとする筈なのね。まぁ、あなたが彼女に嫌われたなら別だけど」「嫌われる?」
「前に行ったでしょう、ボーダーラインは理想化とこき下ろしが激しいって」
 リサに嫌われること、勇作は三日前の記憶をたどり始めた。あの日、いつもとは違うことが一つだけあった。西田操との再会だった。小一時間ほど彼女と話したけれども、さして重要な話はしなかった筈だ。
 確かに別れ際に操は気になることを言ったが、それはもう昔のことだ、彼女がその気持ちを今も引きずっているとは思えなかった。「それよ、彼女が居なくなったのは」
 勇作の話を聞いた理恵が指摘した。
「彼女はその子をあなたを奪おうとする者と思ったのだわ。きっとその子を排除しようとしている筈よ」
「排除?」
「場合によってはその子を殺すかもしれないわ。何しろ幽霊なのだから取りついて殺してしまうことなどわけもないことだから」
「まさか、そんなこと…」
「ボーダーラインならやるかもしれないわ」
 勇作は姉の言葉に背筋が寒くなった。・
 もしそうなら、操が危ない。たまたま自分と再会したためにリサに襲われてしまったら操がかわいそうだった。
「あの幽霊はきっと操さんのところにいるはずよ」
 勇作は姉の病院を飛び出して行った。