閑静な住宅街。
 同じ様な大きさで、同じ様な外観をした住宅が建ち並んでいる古い住宅団地に西田操の実家があった。此所には操の両親と大学生の弟、そして操が住んでいた。
 都会に出るのに約一時間程度の距離なので、操は実家を出ることは考えてはいなかった。
 シャワーを浴び終え、自分の部屋のベッドサイドに座り込み、操はドライヤーで髪を乾かしていた。
 低価格のCDプレーヤーが女性ボーカルのバラードを流している。二階の窓のカーテンの隙間から街灯の光が漏れてくる。
 操は勇作と交わした会話のことを思い出していた。昔話にのめり込んでいたせいなのか、主ワン不事を口にしてしまったのを後悔していた。
 勇作に対する操の気持ちは高校時代の大切な思い出の一つだった。離ればなれになってその想いはいつの間にか薄らいで今では意識すらしていなかった。偶然の出会いがその気持ちを思い出させたのだろう、あの時の操はその言葉を口に出さずにはいられなかった。
 どうかしている…。
 離れてから八年もの時が流れている。勇作に恋人の一人が居てもおかしくはなかった。あの時、そこまで突っ込んだ話は怖くて出来なかった。再会が昔の想いを操に思い出させていた。
 もし、勇作があの告白に応えてくれたなら、秘めていた思いを遂げることが出来るのだ。
 操の心は揺れていた。
 開け放った窓からは夜風が入り込み薄手のカーテンを揺らしていた。
 不意に操は背中に冷たい水をかけられた様な悪寒に襲われた。鋭い視線が窓の外から投げられているのを感じた。
 操は嫌な感情を覚えて窓の方に近づき、カーテンを左右に開いた。
 そこには、誰も居なかった。
 梅雨にしては珍しく満天の星が瞬いていた。 此所は二階である。そこに誰かが居るはずはなかった。気のせいだろうか、操はホッとして窓を閉め、カーテンを閉じた。
 再び悪寒が走り、視線を感じた。
 その視線は悪意に満ちていて攻撃的なものだった。言い知れない恐怖が操の胸の奥から顔をもたげてきた。両手で肩を抱き、その場にしゃがみこむ。両足が激しく震えている。
 震える唇の端から漏れ出る空気が白くもやの様に部屋に吸い込まれていく。露出した肌に鳥肌が立っていく。
(お前を許さない!)
 突然、操の脳裏に強い言葉が電光の様に浮かんだ。
「い、嫌ぁ」
 操はベッドの中に入り、布団を頭まで被った。震える葉がかちかちとぶつかる音をたてていた。