その夜、リサは何故か不機嫌だった。いや、彼女が不機嫌なのは姉の勤める心療内科から出た頃から続いていた。
「なぁ、どうしたんだよ。僕が何か気に障る事でもしたのかい?」
 勇作は腫れ物に触る様にリサに話しかける。
威厳の悪い時のリサには注意が必要だった。少しでも機嫌を損ねる様な言葉を言ってしまうと手が付けられないほど暴れてしまう。その時は彼女の行為は実際の物に作用してしまう。彼女が見えない人が見たら物が独りでに宙を舞っている様に見える。いわゆる『ポルターガイスト現象』といわれるものだ。
 だから自然と及び腰になってしまう。
 それでも、不機嫌な理由を聞かなければリサの機嫌は更に悪くなってしまうのだ。
「別に、勇作が悪いんじゃない」
 リサはそっぽを向いたまま応える。
「じゃあ、何故?」
「何でもないわよ!」
 リサの声が勇作の部屋に響き、彼女はふいっと消えてしまった。
 勇作は深い溜息を吐いた。

 理恵が来たのは言葉の通り十時三十分だった。彼女は時間だけは守る人だった。
「あれ、彼女は?」
 理恵は部屋を見回してリサがいないことに気づいた。
 勇作は困った様に両手を横に広げ、首を横に振った。
「何だか、機嫌が悪いらしくて、何処かに行ってしまったよ」
 勇作がそう言ったとき、扉を通り越してカオリが現れた。いつもなら彼女は両手に一杯の酒類を抱えているのに、今夜は何故か手ぶらだった。それに何故か怒っている様だった。
「お前の姉っていうのはこの女かい」
 カオリの声は低く、ドスがきいていた。
「そう、私よ」
 理恵は脅えることなく言い返した。
「ほう、あんたがリサを泣かせたのかい」
 カオリは今にも跳びかかろうとする勢いだ。だが、冷帯である彼女にそれが出来ないことは解っていた。