「どうしたの勇作。あんたはこういう所に縁がなかったじゃない」
 診察室に入った途端、姉の岸田理恵の言葉が勇作を待っていた。
「いや、このところよく眠れないんだ」
 勇作は正直に自分の状態を告げた。
「それはあんたの後ろにいる女の子のせいかしら?」
 理恵は笑顔を見せてそう言った。その笑顔は勇作には向けられておらず、彼の後ろにいるリサに向けられていた。
 リサは不意に自分に向けられた言葉に対して身体を硬くした。そう、理恵は幽霊の姿が見えるのだ。
 それは彼女が幼い頃から持っている性質だった。理恵は時々見えない誰かと話しをしたり、何もない場所を怖がったりしていた。両親はそんな彼女を少し変わった子だと感じていたし、近所の子供達は異質なものを見る様な視線を投げることがあった。自然理恵には友達が少なかった。だが本人は意外と平然としていた。彼女自身いつの頃からか自分が他の人と違うことを理解していたらしい。
 そんな理恵が何故心の病を診る医師になったのか、彼女は多くを語ろうとはしなかった。
「リサは別に悪さはしていないよ」
 勇作は姉の疑念を払う様に言った。リサもまた勇作の肩越しに頷いた。
「そうなの?」
 理恵は二人に確かめる様名視線を投げかけた。どうやら彼女は二人の表情を見て真意を測ろうとしている様だ。
「そうさ、リサはただ寂しいから僕について来ているだけなんだ」
「それじゃあ、他に何か問題があるの?」
 理恵のその質問に勇作は毎夜の様に怒っている浮遊霊達の宴の様子を話した。
「それであんたはうまく眠れていないのね?」 勇作は一つ頷く。
「それなら話は早いわ。今夜私が幽霊達の掛け合ってあげる」
 理恵は勇作の話が終わるか終わらないうちに応えて微笑んで見せた。理恵には『除霊』ということが行える能力はない。けれども話が通じる相手との交渉くらいは出来た。実際それで解決できたことも過去には幾つかあった。勿論、そうはいかない場合もある。その時は早いうちに専門家に引き継ぐことにしていた。だから姉の申し出を断る理由は勇作にはなかった。
「それで、何時くらいに来るんだい?」
「何時くらいに始まるの?」
「大体十一時くらいから四時くらいまでやっている…」
「じゃあ、十時半までには行くわ」
 理恵はそう言うと睡眠導入歳の処方箋を書き、勇作に渡した。