その日は朝からしとしとと雨が降っていた。まだ梅雨が明けていないせいで、ここ数日というもの太陽を拝んだことがない。湿度が高いため汗が身体に纏わり付く。明日もまた雨模様だとテレビからお天気キャスターの声が聞こえてくる。せっかくの休みの日に雨が降ると洗濯物が堪ってしまう。岸田勇作は溜息を一つ吐くと手にしていた五百ミリリットルの缶ビールを一気に飲み干した。
 週休二日制でもあまり高くない給料のおかげでそうそう遊ぶことも出来ない。彼女というものもここ数年持ったこともない。自然、休日はアパートで過ごすことが多くなってしまう。
 会社とアパートとの往復の毎日、勇作の生活は灰色といっても良かった。何か日常とは違う出来事が起きないものか、彼は常にそう思っていた。けれどもそういった変化はとても起こりそうもなかった。つまらない毎日、勇作はアルコールでそれから逃れる毎日だった。
 点けっぱなしのテレビは報道番組からバラエティ番組に移る。時計は日付の変わる時間に近づいていく。何本目かのビールの缶を開ける。大分体内にアルコールを取り込んだのか、勇作の頭は次第にぼんやりとしていった。 いつの頃だったのだろうか、室内の微かな変化に勇作は気づいた。パチパチという音が天井から聞こえ始め、部屋の片隅が青く仄かに光り出した。その光は始めのうちは一つの交点に過ぎなかったが、脈打つように輝きを増していくと共に次第に人型を作り出していった。
 そんなに酔ってきたのだろうか、普段見える筈のないものが目の前にあるのを見て勇作は呟いた。そうしている間にも人型ははっきりとした輪郭を持ち始め、やがて少女となった。
 その少女は呆然としている勇作の方をじっと見つめている。
「君は誰?」
 酔いが回り出した口調で勇作は少女に問いかけた。すると少女は明るい笑みを浮かべた。「あなた、私が『見える』の?」
 少女はとても嬉しそうに勇作を見つめている。
「見えるって、僕の目の前にいるじゃないか」 勇作は少女がなにを言っているのか解らずにそう言った。
「だって、誰も私に気がつかないんだよ」
 少女の瞳が潤んでくる。
 勇作はもう一度少女の姿を見つめ直した。すると奇妙なことに気づいた。少女の身体が微かに透き通っているのだ。彼女の身体を通して部屋の壁が映り込んでいた。