「もう!全く!何してるのよ!」

由紀が恐ろしい形相で、入り口に現れたのだ。

「ごっごめんなさい…!」
私はできる限り身体を小さくして、謝ることしか出来なかった。

「ほんと、ご迷惑おかけいたしました。すみません。」
まるで何か、悪さをした自分の子供が、警察の厄介になった時みたいに由紀は警官に頭を下げた。

「いいんですよ、無事であれば。」
ハハハ、と、苦笑しながら彼は言った。

「ただ、この辺、最近物騒になってますから、気を付けてくださいね。その為私もいつもより厳しく点検してたところだったんですよ。ごめんなさいね、いきなり責め立てたりして。」

そういって、警帽をかぶった。

「こちらこそ、お仕事のお邪魔をしてしまいまして…」
私と由紀はひたすら頭を下げ続けた。

「では、夜も更けてますし、お気を付けて。あ、お送りしましょうか?」

「あ!いえ!大丈夫です!心配してくださってありがとうございます。では、失礼いたします。」
由紀はそう言い終えると、 さ、行くよ!! と、まるで保育園に子供を迎えに来た母親のように、手を引き帰ることを促した。
私はもういちど、すみません、と頭を下げ、顔を上げると、彼は、帽子を脱いで、私の礼に答えるように頭を下げ、そしてにっこりと微笑んだ。
なんて、優しい表情なんだろう。
こんなに穏やかに笑える人を、私は生まれて初めて見たのだった。
くっ、と上がった口角。あひるぐちではないが、何だか少し可愛らしさも兼ね備えた口元。齧歯類に似たような、でも決して主張し過ぎていない白い前歯をチラリと覗かせながら。
もはやそれは、一種の彫刻品ーー芸術のようだった。

私はただただ、グイグイと、由紀に手を引かれるまま、外へ出ていった。