ふと見回すと、森を抜けて、民家が立つなだらかな丘に座り込んでいた。

「…レネちゃん?うちの前にしゃがみこんで何してんだい?」

背後から、よく知った村のおかみさんの声がした。

「…なに…してるんだろう…」

一体何が起こったのか…
レネは完全に混乱していた。

「助けられ…た?」

助けたはずが、あの見知らぬ少年に助けられた。何か、とてつもない力で。

墜ちる瞬間に見たのは、引き裂かれて散らばった、黒い獣の死骸。


−自分でも気付かぬ間に、レネは心を奪われていた。あの見知らぬ少年の、鋭い瞳に。…いつの日も一番に思い続けたユマのことを忘れるくらいに。

「レネちゃん、さっきディニがあんたのこと探しに来たけど。もう暗いし、姉さんの具合だってよくないんだろう?早く帰っておあげよ。」

呆けたように山を見上げたままのレネを見て、おかみさんはそう言い残して家に入ってしまった。

−ざわり、と風が吹いた。

レネは、凍り付いたように動けなくなった。

「…ディニが、探しに来た…?」

ユマの看病を頼んでいたディニが、自分を探しに来た?
看病するとなったらどんな用でも動かなくなるディニが、病人の側を離れてまで自分を呼びに来た?

「………ユマ…!」

嫌な予感が、針のようにレネの全身を突き刺す。
乱れた髪をかき上げると、ブツリと音を立てて髪どめが切れ落ちた。


ユマが編んでくれたお守りの紐だ。


−レネは駆け出した。
針のような悪寒と、一瞬でもユマを忘れた自分への嫌悪に追われて。